後年のパーソナル・コンピューター狂のように、また1980年代初めのデロリアンのように・・・
こうした初期のベンチャー企業家は必要な現金は通信販売の顧客や卸売業者から受取ることを建前にして、その支払いが届いてから初めてその製品を作ったのです。
新しい産業のほとんどがそうですが、この場合も結局誰が優位に立つかは初めのうちはわかりませんでした。
ガソリン・エンジンが定着した後でさえ企業の興亡は激しいものでした。
1901年、フォードは再び新しい会社を始めます。
しかし他の株主たちとの間がうまくいかずに間もなく罷めています。
1903年に最もよく売れた自動車の10種のうち3種を製造した会社は、そのトップのカーネル・ポープの自転車会社を含めて、1910年までにこの仕事から姿を消しました。
フォードは2万8000ドルの資本と自分の名をつけた会社で復帰し、ニ気筒車658台を売りました。
しかし、再び憂諺な思いで製図台に戻りました。
企業家として3度目の失敗でした。