1924年の上位10社のなかには、1908年にこの業界に入った会社は3社しか残っていなかったのです。
こうした自動車産業の初期の調査を見れば、パーソナル・コンピューター業界の1980年代初期のリーダーたちも安閑としてはいられないはずです。
技術上の重大な転機となったのは恐らく1901年のランサム・オールズの工場火災でしょう。
この火災によって電気駆動のオールズモービル製造用設備はすっかりだめになりました。
しかし、いったん却下されていたガソリン・エンジン車の復活する機会となりました。
この車は最初の大量生産車となり、その後の3年間で7000台が売れたのです。
またこの時、その後の自動車業界を率いることになる大勢のエンジニァや企業家がここに集まって協力の実を挙げたのです。
オールズの煙ですすけた建物のなかで働いた主な人物のなかには変速機を作ったダッジ兄弟。
フィッシャーによってオールズモービルの車体に初めて曲線美を与えたデザイナーのブレッド。
ニュー・イングランドのライフル業界から来て互換性のある部品を作ったパイオニアのヘンリー・リーランドがいました。
後にキャデラックとリンカーンを作ることになるリーランドは、最初のオールズのエンジンも作ったのです。
ランサム・オールズ自身の成功は充分とはいえませんでした。